冬の八甲田山 青森の風景
青森県青森市の南にそびえる「八甲田山」。明治35年に起きた「青森歩兵第五連隊」の大量遭難死(日露戦争に備えた雪中行軍の演習の最中に、大寒波に遭遇し210名いた隊員のうち199名が亡くなったという遭難事件)と、それを題材にした新田次郎の「八甲田山死の彷徨」およびそれを原作とした高倉健や北大路欣也らが出演した映画「八甲田山」でその名を知られていますが、実は「八甲田山」と呼ばれる単独の山はなく、標高1,585メートルの「大岳」をはじめ、ロープウェイのある田茂萢岳(たもやちだけ)、赤倉岳、井戸岳といった全部で18に上る峰々の総称で「八甲田火山群」とも呼ばれる山々です。
湿原が数多く点在し、豊かな植生と素晴らしい景観を堪能できることでも知られる山ですが、冬になると一転雪に覆われ一面白銀の世界となります。明治の遭難事件があった時は折悪しく記録的な大寒波が到来、通常よりも寒さがかなり厳しかったのが大きな原因といわれますが、普段の冬の寒さは北海道程ではないものの基本的には冬になるととても雪の多い山であり、酸ヶ湯温泉を含む一帯は世界的に見ても有数の豪雪地帯として知られているのです。
写真はそんな冬の八甲田山の雪の絶景です。雪国に住んでいる方や、スキーやスノーボード、または雪山登山をされる方なら経験があると思いますが、雪山では時折、雪を降らせていた雲が突如割れて雲間から光が差し込む時があります。時には青空まで顔を出したりして、その美しさはまさに幻想的で素晴らしいものなのですが、この時もそんな瞬間が訪れたのでした。写真の前には雪が舞う灰色の空でしたが、見る見る間に雲が薄くなって光が差し込み、荘厳で劇的な光景となったのです。
光りを浴びて雪原は柔らかな薄黄色となり、樹氷はその陰影を濃くしていきます。そして次の瞬間、日の光が当たっている麓の一部が煌々と輝き始めたのです。それは息をのむような絶景でした。時が止まってしまったかと思うほどの美しい光景でした。
時間にして10分ほどだったでしょうか。雲はまた、あっという間にその割れ目を閉じ、光はすっと消えていきました。そして、最初ははらりはらりと、やがてしんしんと雪が空から舞い降りてきたのです。
まるで夢を見ていたかのような時間でした。瞬きをしている間に元の世界に戻っていったのです。時計を見ると午後3時を過ぎていました。