秋の太宰府 秋の福岡の風景

秋の太宰府 福岡の風景秋の太宰府「大宰府政庁跡」 福岡の風景 福岡県太宰府市

「学業の神様」として崇敬を集め、初詣の時期だけでも200万人以上、年間では1000万人以上の人々が訪れるという、福岡県内でも有数の神社である「太宰府天満宮」。その「太宰府天満宮」から車で10分ほどの場所に位置するのが「都府楼跡」とも呼ばれる「大宰府政庁跡」です。

「大宰府政庁」とは、九州地方の政治や行政、防衛の要として7世紀の後半ごろに設置され、12世紀後半頃まで機能したといわれる政府機関であり、この大宰府政庁を中心とした太宰府の町は、政治や行政のみならず、経済や文化の中心となって発展しました。中国をはじめとする海外との窓口にもなっており、往時には「遠の朝廷」とも呼ばれるほどの規模に。政庁のほか、蔵司、税司、薬司、匠司、学校や今でいう迎賓館のような施設もあって、大いににぎわったといいます。

写真は、発掘などで見つかった礎石などの大宰府政庁跡の遺構がある場所で、国の特別史跡にも指定されている「大宰府政庁跡」の秋の風景。「中門跡」付近の様子です。万葉集を編纂した歌人「大伴家持」やその父「大伴旅人」が時を過ごし、菅原道真が失意のうちにその生を終え、平氏の最盛期の中心人物である平清盛の関りも記録に残る太宰府。その中心として、設置されて以来1000年以上の時を経て「史跡」となった「大宰府政庁跡」の一画と、赤や黄色に色づきはじめた後ろの山なみ、そして政庁跡に立つ一本の木が織りなす光景は、物の哀れと時の移ろい、物事の儚さを表しているようにも見えました。

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