大阪城の掘と石垣 大阪の風景

大阪城 石垣 大阪の風景大阪城 南外堀と石垣 大阪の風景 大阪府大阪市中央区大阪城

1583年(天正11年)に秀吉の命により立派な城(豊臣大坂城)が築かれながらも、秀吉の死去とその後の冬と夏の大坂の陣を経て、修復・改築がされたというより、もはや全く別の城が新たに築かれた、といっても過言ではないといわれる大阪城(大坂城)。

秀吉時代の遺構として、意図的に埋めてしまったのか、新たな城を建築する際の工事の都合上そうなったのか、またはその両方なのかは定かではありませんが、秀吉時代の遺構はその大方が埋没しており、現在みられる遺構は「徳川大阪城(大坂城)」とも呼ばれる、徳川秀忠の命により築かれた城なのです。

とはいいながら、現在の天守(天守閣)は、屏風絵などを参考に「豊臣大阪城」をモデルとして1931年(昭和6年)に鉄骨鉄筋コンクリートで再建された復興天守であり、築後100年近くを経た現在は国の登録有形文化財にもなっている建物。秀吉の時代に築かれた遺構の上に徳川の時代になって城が(ほぼ)新たな形で築かれたものの、現在天守閣として親しまれているのは昭和に入って築かれたコンクリート製の城、そのモデルは秀吉時代の城、という少し不思議な構図になっているのです。

江戸城などと同様、各地の大名に資金や労力を拠出させて工事を行う「天下普請(幕府の権力誇示および各大名の力をそぐために行われたといいます)」により築かれた徳川大阪城は、その城郭全体の規模こそ秀吉時代のものより縮小されたといいながら、天守や外堀は秀吉時代のものより大規模に作られたといい、本丸東面(本丸東側)の石垣は「一層の単独石垣」としては日本一の約32メートルの高さを誇ります。

写真はそんな大阪城の南外堀の外縁から見た濠と石垣の風景。整然と美しい石垣の姿が印象的です。

大阪城

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